今日の芸術 2022

art curator 岡本かのんのブログ

博物館における情報化

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(約3700文字・購読時間4分30秒)

情報管理、公開として

 文化遺産オンラインは文化庁が運営する、日本の文化遺産についてのポータルサイトである。2008年に全国の博物館・美術館にあるものを、画像込みで集めて、国民が喜んで使えるという目的で開設された。国や地方の有形・無形の文化遺産に関する情報を提供するサイトであり、全国の博物館・美術館等から提供された作品や国宝・重要文化財など、さまざまな情報を提供している。「時代から見る」「分野から見る」「文化財体系」「地図」というジャンル分けされており、解説付き・地図付きで掲載されている。どこかへ行くついでに、隣の美術館を見て見るなど、有形・無形文化財がどこにあるかなど、回遊することを支援するような仕組みになっている。更に、説明文もあるので、説明文の近さで検索することも可能である。シミラーファイブとして、関連する作品5つが並べられている。検索条件を無視して、美術館・ 博物館を越えて探せるので、思いがけない作品に出会うことができる。現在、写真ありが約2万点、文字情報のみのものを入れると12万点ほどの情報が登録されている。

 しかし、デジタルアーカイブは現在、公私で行われており、規格が違う上、どうしても国宝、重文優先になってしまう。前述の文化遺産オンライン以外にも、e-国宝、トッパン VRデジタルアーカイブGoogle Arts & Cultureなど、いくつものデジタルアーカイブが存在する。規格が違うということは、後々、その規格のファイルを開けるソフトが作られない、さらにソフトを動かすOSがなくなるという危険が常に付き纏う。せっかくデジタル化してもファイルの中身を見ることができなくなる。新たな規格ができたら、その度にファイル形式を変換をしたり、精度の高い機材が出来るたびにデジタルスキャンをし直さなければならない。また、CDなどの光学媒体も問題がある。材質の関係上30-50年程度で劣化し、データを読み出せなくなってしまいまう。もちろん、デジタルの良いところは、データは劣化しない、無限に複製出来る、物理的な場所を取らない、などあるが、まだまだ技術に進歩の余地があり、今、デジタル化したものが完璧というわけではない。将来より高精細、低容量、ハイスピード、更には匂いや触感なども記録、再現できる様になるだろう。現時点ではデジタル、アナログ、それぞれ一長一短があるので、両方をできるだけ有効活用して遺していくことが重要だと考える。

 

情報発信として

 SNSで話題になっている森美術館は新規の来場者を増やすために、SNSで発信・シェアされる工夫として、投稿しやすい空気を作るようにしている。具体的には、入口に写真撮影とハッシュタグ投稿を促すパネルを設置したり、公式SNSでも撮影OKであることを発信している。来場者に作品は写真を撮って、SNSに投稿してもいいんだと思わせるための仕掛けである。またSNSで展示に興味を持った人が、他の来場者の感想を検索しやすいようにしている。しかし、SNSを意識した展覧会の企画は行なっているわけではない。出来上がったものの魅力をきちんと伝える役割を担っている。集客や話題作りのために企画段階から介入してしまうと、そもそも作品の方向性が変わってしまう可能性もある。楽しみ方が一度分かれば、また行きたいと思ってもらえる可能性もある。森美術館が目指しているのは、アートそのものを楽しめる展覧会の開催である。アートの価値をなによりも大切にし、多くの人に魅力を伝えることを目的としている。現代アートに詳しくない人にとって、動機はともあれ美術展に実際に足を運んでみれば、それが現代アートの新たな魅力に気がつくきっかけになるかもしれない。もちろんインスタ映えするので若い人に広がりやすかった面はあると思うが、それだけでは説明できない点がある。インスタ映えだけなら、写真を撮ってすぐに美術館を去ってもいいわけだが、若い人たちも、初期の作品から熱心にじっくりとみる人が多かったという。同館歴代二位の来館者数をあげた「塩田千春展」では作品に通底する死の匂いも含め、塩田の作品群は決して明るくはなかった。そこに多くの若い人が来ることは世界各地の紛争やデモなども含め、社会の先が見えないという不安に共感しているのかもしれない。一方で、死を感じさせる作品から逆に生きようとするエネルギーを感じているのかもしれない。塩田の作品に多様される赤は、血液を象徴させていることが明確にわかる作品もあるが、自分と同じような痛みを感じられることが、特に女性の心を惹きつけ、共感を呼ぶことにつながったのかもしれない。

 基本的に特別・企画展は新聞社やテレビ局が主催の場合はCMを大量に流したり、特別番組を放送したり、会場のガイド音声に有名人を使ったりと、客を呼び寄せるために色々やっているが、ビジネスの印象が拭えない。テレビCMや交通広告の物量作戦やSNSでのバズりは一時的に人の目を引くことは可能だが、流行りが去ればすぐに別の話題に移ってしまう。残念ながらこういった施策では一過性のもので終わってしまい、芸術を楽しむ心を育むのは難しいだろう。

 

展示、教育として

 展示や作品に関する説明はパネルなどの文字情報が基本になるが、それだけでは、説明しきれなかったり、一箇所に人が集中してしまう懸念がある。そこで、補足の説明では音声ガイドを使っている場合が多い。大型の企画展では著名人が案内役を務めたりするなどすれば、一定の広告効果も期待できる。一方、アーティゾン美術館ではスマートフォンのアプリでガイドを行なっている。美術館自身が自前のアプリを提供しており、ガイド以外にもチケット予約や、館内のマップ、ラーニングプログラムや今後の展示予定などのニュースも提供されている。多言語にも対応している充実ぶりで、まさに、近未来の美術館を体現したかのようである。ほかには、大きな資本のない博物館などは早稲田システム開発株式会社が開発したポケット学芸員というアプリの利用が見られる。ポケット学芸員は、ミュージアムなどの展示をはじめとするさまざまな情報を案内するアプリである。展示の鑑賞、文化財の見学などの際に対象物につけられている番号を入力すると、テキストや音声、画像や動画で解説や関連情報を得ることができる。得られる情報の種類は館によって異なるが、情報内容は各館に委ねられており、情報不足は否めない。

 

 美術館や博物館で、作品や資料といったものと来館者を繋ぐ場を創りだす学芸員は、さまざまなものと人を媒介する役割を持つ、すなわちメディアともいえる。学芸員という仕事自体が、まだ一般的にはメジャーではないといった一面も否定は出来ない。しかし学芸員の仕事が面白みに溢れており、また社会的にも重要だという認識が少しずつではあるが、世の中に浸透してきているとも捉えることができる。最近では、物質的な充足感を求めるだけでなく、ここ日本においても精神的な満足感を追求し、充実した生活スタイルを目指そうという人達が増えてきている。こういった社会の現象が美術品や歴史資料といった文化財への関心の高まりにも繋がっているのだろう。このような社会背景の中で、美術品や歴史資料といった文化財と来館者の間に立って、ものと人の世話をする学芸員の仕事の存在が注目されてきたというのが実情だといえる。近年、美術館や博物館は貴重なものを保管し展示するだけの施設ではなくなってきている。利用者側はもちろん展示を楽しみにして施設を訪れるが、美術や歴史に関する情報を手にする場としても捉えている。つまり収集したものを展示するベースは残しつつも、ものに関わる豊富な情報の発信源としても機能することが求められているといえる。現代では、美術館や博物館の存在そのものが情報の発信地としてメディア化しているのである。美術館や博物館そのものがメディアとして機能している今日において、学芸員は情報の伝達者、すなわち媒介者=メディアとしての重要な役割を担っているともいえる。学芸員は研究や調査を通じてさまざまなものから自ら情報を知るだけでなく、こうした情報を一般の人々に対して発信していかなければならない。ものから受信したさまざまな意味や世界観を展覧会や論文を通して、世間に伝えていくことが大切になる。ものに対して愛情を持ちこだわりを大切にしながらも、ものが持っている内に秘めてた情報を世間に発信していく場を作っていくということを考えれば、メディアと解釈してもいいだろう。

 

参考文献

『新しい博物館学』全国大学博物館学講座協議会西日本部会編(芙蓉書房)

 

新しい博物館学

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  • 芙蓉書房出版
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『新時代の博物館学』全国大学博物館学講座協議会西日本部会編(芙蓉書房出版)

 

新時代の博物館学

新時代の博物館学

  • 芙蓉書房出版
Amazon

 

『シェアする美術 森美術館SNSマーケティング戦略』洞田貫 晋一朗(翔泳社

 

 

『美術展の不都合な真実古賀太新潮新書