今日の芸術 2022

art curator 岡本かのんのブログ

美術批評 エッシャー時代のアートと科学的評価

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M.Cエッシャー『昼と夜』
(約1600文字・購読時間2分00秒)

 M.C.エッシャーリトグラフ《物見の塔》(1958年 462x295mm イスラエル博物館所蔵)、同じく、リトグラフ《滝》(1961年 380x300mm イスラエル博物館所蔵)が制作された時代は伝統的な絵画表現から離れて、新たな表現手法が多数生まれた時代である。

 1960年前後は、抽象表現主義構成主義といった、従来と全く異なった芸術形態がヨーロッパ中で進展し始めた時期だった。キネティックアートは計算不能な偶発的な動きである自然の風力など自然の力によるもの、人力によるもの、作家によって計算された電力や磁力によるもの、物理的な動きを導入したモーターなどによる運動や光、音なども取り入れた動く美術作品または動くように見えるものを取り入れた芸術作品の総称である。カラー=フィールドペインティングはキャンバス全体を色数の少ない面の領域が画面のなかで大きな割合を示す、色とそれが付与される場としてのキャンバスの面を重要視した絵画作品で、強度を持つ色の使用、奥行き排除によって絵画を一つの面として統合するスタイルの抽象絵画である。ポップアートは大量生産・大量消費社会をテーマとして身近な暮らしの中にある商品や大衆に共通するイメージなどのモチーフを素材として扱い表現し、伝統的なファインアートへの挑戦であり、文化的に強烈でディストラクティブな活動で、とても画期的だった。

 エッシャーは、自分自身のイメージの世界と美術界の流れとは共通項がほとんどないことを認識していた。しかし、50年代になって全く新しい大衆が彼の作品に関心をもつようになった。この傾向は、国際的な規模で起こり、『タイム』誌、『ライフ』誌などの好意的な記事より、科学者の注目を集めることとなった。知覚心理学者からの提言から《物見の塔》、《滝》の中に図形が導入されたり、数学者との交流によって促進されたものである。エッシャーは、抽象的構図の中に一貫して見て判断できる絵柄の要素を使用していることから、結果的には、その図形が科学的理論を例証するのに大いに役立っている。幾何学、物理学、化学、地質学、心理学、生物学での教材には、彼の図形をそっくり真似て採用しているものも見られる。エッシャーが追求したのは幾何学的、数学的に整合性が取れた表現は、同時代のメインストリームと接続されることはなかったが、彼は版画の中で、伝統的な絵画的技法を用い、独自の表現方法を確立しており、視覚的要素を用いた平面での表現芸術で、その絵の世界に現代的なイメージを呼び起こし、さらに諸々の異なった現象に新しい論理的な前後関係を組み立てようとも試みている。制作物が多数の複製として企てられるグラフィック・アーティストではあるが、二次元の平面上に、自らを無限にまで拡大した一つの宇宙を創造しようとした。作品を通して、眼に見えるものは見えるがままのものではなく、抽象という主張が有効で認め得るものである、ということを教えてくれる。芸術家と科学者を兼ね備えたエッシャーの多くの作品は、美術家同様、数学者たちに対してもインスピレーションを与えた。知覚作用の法則を覆し、三次元の現実をなきものにして、視覚的なパラドックスにおいては誰にも追従を許さない芸術家となった。

 エッシャーは生涯にわたり、版画家であり続けた。彼の作品は瞬間的に見てとらえられるものではなく、 終りのない世界の無限と動きへの橋渡しをなしている。ネッカーのキューブ、ペンローズの不可能な三角形、など、不可能性は観察者にとって客体の揺らぎに関係する。エッシャーは、感覚的自己の相対性がどの他者にも発生しているという視点をオブジェ化する。ただし、知覚作用に依存しただけのだまし絵とエッシャーとの差異である、真の不可能性は不可視であるという哲学的テーマに関連しているため、平面での表現に限定した。

 

参考文献

エッシャー展 1977』(東京新聞、1977年)

M.C.エッシャー展』(日本海外美術株式会社、1976年)

M.C.Escher (Icons S.)』(タッシェン・ジャパン、2006年)

M.C. Escher: Life and Work』(Harry N. Abrams, Inc.、1992年)

甲賀コレクション M.C.エッシャー生誕100年記念展』(甲賀正治、1996年)

『生誕120年イスラエル博物館所蔵 ミラクエッシャー展』(産経新聞社、2018年)

ハウステンボスコレクション M.C.エッシャー展』(ハウステンボス美術館、1994年)

青柳正規他『西洋美術館』(小学館、1999年)

高階秀爾監修『カラー版 西洋美術史』(美術出版社、1990年)

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千速敏男『日本で見られる西洋名画の傑作Best100』(日経BP社、2014年)

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水野千依編『西洋の芸術史 造形篇Ⅰ 古代から初期ルネサンスまで』『西洋の芸術史造形篇Ⅱ 盛期ルネサンスから十九世紀末まで』(藝術学舎、2013年)

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M.C.エッシャー公式サイト

mcescher.com

ネッカーの立方体 

www.weblio.jp

ペンローズの“不可能な三角形”

www.weblio.jp