今日の芸術 2022

art curator 岡本かのんのブログ

博学連携による生涯学習の推進

(約3600文字・購読時間4分30秒)

 1965年にパリで開催されたユネスコの成人教育推進国際会議で、ラングランにより提唱された生涯教育の概念は、現在では学習者を主体に据えた生涯学習として普及している。生涯学習とは、自己の充実・啓発や生活の向上のために生涯を通じて主体的に学習することであり、家庭教育、学校教育は、社会教育を含む学びの総体である。

 日本では、1980年代以降それまでの展示を中心とする教育活動に加え、ワークショップや鑑賞プログラムなど、より積極的な教育普及活動を多くの博物館が行っている。 学校教育においても、授業での博物館の利用は、博物館は地域の教育力を支える機関として、学校と連携協働し学校教育を補完する役割がさらに期待されている。その推進は、行政はもとより学校やNPOを始めとする民間団体など、様々な組織機関によってなされている。地域の学びの拠点である美術館や博物館などの社会教育機関が果たす役割は大きい。 近代社会の中で、美術館を含む博物館は市民に開放され、自由に博物館資料に接し、見たり、資料によっては触るなど体験して、学び、楽しむことができるようになった。 

 しかし、一般的な利用者に目を向けると、博物館を積極的に利用する人々がいる一方で、 身近に博物館などがありながらも活用することができず、自らの学びの機会を逃している人々がいる。また、学ぶことそのものに関心を持てない人々もいる。

 一般的に美術館を知識がある前提で行く崇高なものという思考があり、日常から遠ざけているのではないだろうか。建物は物々しく、中は薄暗い。行こうと決めて行かないといけない雰囲気がある。美術、芸術に対する意識が低い国民性で、一部の人が趣向する特別なものという思考があるように感じる。教育機関から離れると芸術文化に触れる機会が極端に減り、生涯学習としての美術、芸術という考え方が出来ないことにあるのではないだろうか。

 幼少、少年期における教育は、生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要なものである。それらの活動を通じて培われたものが基礎となり、生涯にわたる発達を支える。生涯学習においても、幼少、少年期に味わった学びの喜びが、生涯にわたり主体的に学びは続けることの喜びの基礎となると考えることができる。学びの喜びを味わうと同時に、美術館を含む博物館を利用する機会を得て、美術館で学ぶことの面白さに触れることは、生涯にわたり社会教育機関を有効に活用しながら学び続けることへの端緒となるのではないだろうか。

 博学連携とは、博物館と学校とが望ましいかたちで連携・協力し合いながら、子供たちの 教育を押し進めていこうとする取り組みのことである。博物館や美術館は地域にある社会教育施設であり、いずれも貴重な教育資源であると言える。これまでは、博物館を見学する機会は社会科や総合的な学習の時間、学校行事などであった。しかし施設見学では博物館側の担当者と十分な打ち合わせをすることなく、見学が学校や教師の都合だけで行われたり、逆に施設の担当者にすべて任せてしまったうなど、学校と博物館との連携が十分とれないままに行われてきた。そのために、博物館のもつ豊富な情報や教育的な価値が学校の教育活動に十分生かしきれなかったと言える。 博物館と連携をとり、教育的価値を学校として活用することが生涯学習に有効であると考える。博物館には学芸員などの専門家がおり、教科書では見られない実物や本物の教材がある。もう一つの学校としてとらえることによって、子どもたちの学びの場や内容を広げることができる。

 博学連携は博物館と学校がそれぞれの教育機能を活かして連携・協力し、よりよい形で子供たちを教育していこうとする活動と考えることができる。ティーティーチングの形式で教師と活動すること、基本的プログラムをもとに授業や来館して学ぶ内容などを一緒に検討している。一方通行ではない、相互連携の形式の教育活動は多種多様である。博物館の機能を活用することで、自らすすんで見たり、聞いたり、調べたりし、そのバックグラウンドを考えたり、内容をまとめてみんなに伝えたりすることができる。また、視覚、聴覚、触覚などによる体験活動を伴う学びを行うことで、より高い興味・関心やより深みのある知識、より豊かな情操を育んでいくことができる。博物館文化、及び生涯学習の意義が更に社会に浸透することで、生涯学習が人々のキャリアや余暇活動に良い影響を与えて人生を豊かにし、社会・経済の発展にも貢献するものであることが認知され、より豊かな社会づくりに寄与することができるだろう。

 ライフスタイルの変化、価値観の多様化、高学歴化の進展、自由時間の増大の中、人々は、物心両面の豊かさを求め、高度で多様な学習機会の充実を求めている。一方で、科学技術の高度化、情報化や国際化、 経済のソフト化などの社会の変化は知識、技術、情報体系の発展と再編成が促される中で、新たな学習需要が生じている。また、社会教育行政は、このように多様化、高度化する学習ニーズに的確に対応するため、様々な方法により豊かな内容の学習機会を確保するとともに、学習機会の提供を通じて、住民の自主的な学習活動を支援し、促進する役割を果たしていく必要性を指摘している。 さらに、教育基本法が改正され、第3条に生涯学習の理念として、国民一人一人 が、自己の人格を磨き、豊かな人生を送ることができるよう、その生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場所において学習することができ、その成果を適切に生かすことのできる社会の実現が図られなければならないと規定された。 このように、生涯学習社会の実現に向けて、博物館が必要な役割を果たしていくことが求められている。何を学ぶかを迷い、時には遊んだり、楽しんだり、そして学んだりするといったプロセスが展開される。今までの学習経験を振り返り、何を学ぶかを選択することになる。学校における半ば強制的な学習と博物館等での自由選択学習の体験から、子供たちは内面に多様な意味を形成し、その経験に基づき、将来の学習の道筋を選択していくだろう。このような学校教育と自由選択学習の繰り返しが、将来の学習の道筋を見通し、生涯学び続ける態度を形成することになる。子供たちは学校で訪問した博物館がきっかけとなり、休日に個人で博物館に行くこともあるだろう。あるいは大人になってから学校で見学した博物館のことを思い出し、親として子供をつれて博物館を訪れるだろう。

 最近の博物館では、見て学ぶだけでなく、触って、試して、体で学べるような参加体験型、ハンズ・オン型も工夫されている。それぞれの博物館の特質を生かした利活用が求められる。 一般には、学校から博物館に直接出向くことが多く行われている。これはこれで教育的な利用方法だが、学校が博物館から離れていたり、時期的に見学することが困難だったりすることがある。展示物の一部を貸し出したり、学校を巡回しながら展示したりしている博物館もある。移動博物館、出張展示などと言われている。博物館の学芸員などに出前授業を依頼することもできる。 博物館と学校の双方がそれぞれの特質を発揮しながら、連携・協力体制をつくることが重要なポイントである。さらに、これからの新しい博物館像として、集めて、伝えるという基本的な活動に加えて、市民とともに資料を探求し、知の楽しみを分かち合うという博物館文化の創造が必要になる。すなわち、これからの博物館の望ましい姿は、交流、市民参画・連携する学習支援機関としての役割の充実である。生涯学習社会における教育システムでは家庭教育、学校教育、社会教育を結ぶラインの中で、責任区分が明らかになり、博物館本来の教育機能を発揮することを強く求められており、欧米の博物館がいち早く教育重視の方向を打ち出したのは、まさに時宜を得たものである。 

 具体的には、その特徴である資料の収集や調査研究等の活動を一層充実させるとともに、多様化・高度化する学習者の知的欲求に応えるべく、自主的な研究グループやボランティア活動などを通じて、学習者とのコミュニケーションを活性化していく必要がある。情報化の進展やニーズの多様化とともに、特に新たな公共を担う拠点として博物館には教育サービスの充実が求められている。また、学芸員あるいは博物館同士が組織や地域の枠を越えて互いに連携協力していくことにより教育サービスが向上することが考えられる。このような連携・協力を具体的に実現できる技能はこれからの学芸員の要となる能力である。最近では、物質的な充足感を求めるだけでなく、精神的な満足感を追求し、充実した生活スタイルを目指そうという人達が増えてきている。こういった社会の現象が美術品や歴史資料といった文化財への関心の高まりにも繋がっている。



参考文献

『司書・学芸員をめざす人への生涯学習概論』大堀哲 編集/高山正也、 中村正之、西川万文、村田文生 共著(樹村房)