今日の芸術 2022

art curator 岡本かのんのブログ

これからの博物館に期待される役割

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 1965年にパリで開催されたユネスコの成人教育推進国際会議で、ラングランにより提唱された生涯教育の概念は、現在では学習者を主体に据えた生涯学習として普及している。生涯学習とは、自己の充実・啓発や生活の向上のために生涯を通じて主体的に学習することである。日本では、教育基本法が改正され、その生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場所において学習することができ、その成果を適切に生かすことのできる社会の実現が図られなければならないと規定された。 このように、生涯学習社会の実現に向けて、博物館が必要な役割を果たしていくことが求められている。地域の学びの拠点である美術館や博物館などの社会教育機関が果たす役割は大きい。博物館や美術館は地域にある社会教育施設であり、いずれも貴重な教育資源であると言える。

 最近の博物館では、見て学ぶだけでなく、触って、試して、体で学べるような参加体験型、ハンズ・オン型も工夫されている。それぞれの博物館の特質を生かした利活用が求められる。展示物の一部を貸し出したり、学校を巡回しながら展示したりしている博物館もある。移動博物館、出張展示などと言われている。博物館の学芸員などに出前授業を依頼することもできる。 博物館と学校の双方がそれぞれの特質を発揮しながら、連携・協力体制をつくることが重要なポイントである。このような学校教育と自由選択学習の繰り返しが、将来の学習の道筋を見通し、生涯学び続ける態度を形成することになる。さらに、市民とともに資料を探求し、知の楽しみを分かち合うという博物館文化の創造が必要になる。すなわち、これからの博物館の望ましい姿は、交流、市民参画・連携する学習支援機関としての役割の充実である。

 

 一般的に博物館というと、展示されているものを見て楽しむイメージがある。通常は貴重な実物資料を展示しているため、劣化や破損を避ける必要がある。しかし、これらは、視覚障害者、外国人に対して障壁になる可能性がある。これを解決するために、すべての人が平等に利用できるというユニバーサルミュージアムという考え方がある。すべての人とは、視覚や聴覚、運動機能などに障害がある場合だけでなく、年齢や日常的に使用する言語の違いなどを持つ人のことである。これはユニバーサルデザインの考え方を博物館などのミュージアムに当てはめた考え方である。目や耳が不自由な方が展示を楽しむ選択肢を増やすため、さわって形を理解する展示や、音を使って大きさを認識する装置などにより、視覚だけでなく五感を使って資料に接することができれば、さらに感動も大きくなり、理解も深まるだろう。

 触れて聞こえる展示の例として岡本太郎記念館(東京)がある。岡本太郎は「作品は大衆の物で誰の目にも触れる場所にあるべき」という思想のもと、現前、自宅件アトリエであった太郎記念館は生前の太郎のアトリエがそのまま残されている。太郎記念館は作品の写真撮影はもとより、触れることも自由である。庭に《歓喜の鐘》が設置してあり、木槌で叩いて音を鳴らしたり、《座ることを拒否する椅子》に座ることができる。また、ICTにも大きな期待が寄せられている。展示や作品に関する説明はパネルなどの文字情報が基本になるが、視覚障害者、外国人など、パネルを読むことができなければ障壁となる。現在の博物館などでは、そういった場合に備えて、音声ガイドを使っている場合が多い。アーティゾン美術館(東京)ではスマートフォンのアプリでガイドを行なっている。美術館自身が自前のアプリを提供しており、ガイドテキストのみならず、音声も日、英、仏、中、韓と多言語にも対応している充実ぶりである。

 

 幼少、少年期に味わった学びの喜びが、生涯にわたり主体的に学びは続けることの喜びの基礎となると考えることができる。学びの喜びを味わうと同時に、美術館を含む博物館を利用する機会を得て、美術館で学ぶことの面白さに触れることは、生涯にわたり社会教育機関を有効に活用しながら学び続けることへの端緒となるのではないだろうか。博物館文化、及び生涯学習の意義が更に社会に浸透することで、生涯学習が人々のキャリアや余暇活動に良い影響を与えて人生を豊かにし、社会・経済の発展にも貢献するものであることが認知され、より豊かな社会づくりに寄与することができるだろう。