今日の芸術 2022

art curator 岡本かのんのブログ

芸術理論:芸術環境を巡る諸問題 自然が先か、芸術が先か

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自然が先か、芸術が先か

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 アリストテレス(前384-前322)の「芸術は自然を模倣する」というの言葉は、師であるプラトンが提唱したイデア論に由来する。プラトン(前427-前347)の唱えたイデア論とは、物にはイデアという目に見えない真の姿、完全な姿、理想の姿がある。我々が目で見るこの世界の物は、そのイデアを模倣したものである。とすると、この世のものを表現した美術や文学は模倣の模倣になってしまう。そのため、プラトンは美術や文学がイデアから遠いものとして否定的だった。このイデアの模倣はミメーシスと呼ばれた。アリストテレスはこのミメーシスの考えを継承しつつ、自分なりのイデアに対する考え方を発展させた。彼は、ミメーシス(模倣)こそ人間の創作活動の源であり、芸術は自然の模倣であると考えた。そして、プラトンとは異なる、ミメーシスと芸術の関係について提唱した。模倣(芸術)が、実物(=自然)を超えることがある。模倣は、現実をそのまま真似するだけではなく、現実を超えた美をもたらすことがある。つまり、アリストテレスは師のプラトンとは対象的に、芸術に対してポジティブな捉え方をしていた。プラトンにとっては模倣の模倣であったはずのもの(芸術)は、この世のものを超えてイデアに近づく場合があると考えたのだ。こうした背景があり、「芸術は自然を模倣する」という言葉が生まれた。このミメーシスという考え方は、その後の西洋の芸術論に受け継がれた。

 「自然は芸術を模倣する」と言ったのはイギリスの文学者オスカー・ワイルド(1854-1900)である。これは、「芸術は自然を模倣する」へのアンチテーゼで、アンチミメーシスとも呼ばれる。ワイルドは「芸術が人生を模倣するよりも、人生が芸術を模倣する、このことから当然、外界の自然もまた芸術を模倣している」と書いている。さらに、「自然が我々に見せるものは、我々がすでに絵画や詩で見たことのあるものだけだ。それが自然の魅力であり、また弱さの説明でもある」と続く。つまりワイルドは、人生や自然界の中にあるものは、現実ではなく芸術により初めて見いだされる、我々のものの見方は芸術に影響されるとした。ロンドンの空は何世紀も霧がかったものであったが、霧を美しいと思った人はいなかった。画家が美しい霧を描いたことで、人々は初めてその美しさに気づく…というようなことである。絵のように美しい景色という今ではよく聞く言葉も、この考えに近いものであると言えるかもしれない。ここには、芸術至上主義の考え方が表れている。芸術は現実を超えるものであるという点はアリストテレスの考え方と一見似ているようにも思えるが、この芸術至上主義は芸術こそが自然に美を与えるものだという自然や人生に対する芸術の強い優位性を示すものだ。つまり芸術>現実(自然)なのである。

 哲学者である三木清(1897-1945)は「自然は芸術を模倣する」について、芸術は芸術的に人間を創造することによって現実の人間を変化するとしている。自然は芸術作品がそれに供するところのものを模倣し、人間という自然は芸術家の創造した人間を模倣することによつて自分自身を変化する。人の顏つきを積み、姿や身振を判ずることにおいて、画家が我々の教師であった。詩人は人間を理解するための我々の器官であり、そして彼等は如何に我々が恋愛や社交において振舞うかという仕方に影響を与える。芸術家の創造した人間タイプは、いましがた道で会ったばかりの人間よりも鮮かに我々の目の前にあって、我々は我々の生活の細部に至るまで知らず識らずそれを模倣している。

 

参考文献

安藤一恵・佐藤康邦編『風景の哲学』(ナカニシヤ出版、2002年)

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E.サイード板垣雄三杉田英明監修、今沢紀子訳)『オリエンタリズム上・下』(平凡社ライブラリー、1993年)

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今道友信『美について』 (講談社現代新書、1973年)

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ジンメルジンメル・エッセイ集』(平凡社ライブラリー、1913年)

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日本の芸術史 造形篇Ⅰ 信仰、自然との関わりの中で(幻冬社、2013年)

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樋口忠彦『日本の景観 ふるさとの原型』 (筑摩書房、1993年)

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松井利夫・上村博編『芸術環境を育てるために』(京都造形芸術大学東北芸術工科大学出版局藝術学舎、2020年)

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三木清三木清文芸批評集』(講談社文芸文庫、2017年)

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